詩:綺麗な円

走って走って走って

走って走って走った

息が、出来ない


斜面の角度も積雪量も無関係だった

着の身着のまま飛び出して来たから、眼前の光景と外見との差は気にならなかった

と言うより、本当は遮二無二ただ登るだけだった

噴き出す汗、涙や鼻水の垂れる温かさを感じながら、いつかこんな詩を書いたことを思い出していた


「一心不乱に念仏を唱え続ける僧の背中に滲む汗、頭上へと昇る湯気」


あれは生きる為だった

今はもう千切れて、消し去りたい

ほんとう?

悔いはない、とは言えない

生きたかった

生や現世への執着から離れられたのか、この今際でさえもわからない


一月一日、新年のめでたきこの日に、生き死にを想うな言うなと声がする

お前たちは正しい

だがそれが俺の誤りと証せるのか

それぞれの命を与えられ、異なる背景、その変遷をくぐり抜け、我々はこんにちまでよく生きて来た、まだ生きている

毎日を生きるか死ぬかで生き延びた者にとっては、誰かの名づけた日にちでは足らず、誰かの意味づけた祝日では足らず、今もなお生き死にの狭間を揺れるのだ


a.生きるか死ぬか

b.まず生きるを選び、その上でどう生きるのか

c.まず死ぬしか選べず、その上でどう死ぬのかだけが選べるのか

d.もう生きられない、なのか

e.無言

我々は皆異なる生死を分かつたひと塊の命だったか


走って走って走って

走って走って走った

息が出来ない

少しして、もっと奥へと

走って走って走った

走った走った走った走った走った

もう、動けない

一歩も動けない


吹き荒ぶ風にも雪の冷たさにもがく時間も過ぎた

今はもう感覚もない

此処ならばいいだろう

最期にこの厳冬をもがく動植物のひと命にも触れたかったと思うことは我儘であったか

それは執着なのか

わからない

ひとつ深呼吸をして、眼を閉じたい

風の音

高い音低い音

混ざりゆく

遠ざかる

心臓の音がどこからともなくやって来る

ずっとそこに居たのに

今初めてどこか遠方からやって来たかのような鼓動

息の上がる時とは異なる、トクントクン、静かに丁寧に秒針を打つよう

人生に読点を打つよう


最期に「顔の浮かぶ人は?」と尋ねられた

その命に頭を下げて

心臓にも礼を言った

脳が手放すのがわかる

からだも手放そうとしている

心はどうか

心はどうだ

いつもどんな時も冷めず、冷めた後にも冷めたことを疑ったこの心はどうだ

本当にこれで良いのかと問うてくれ

いつもと変わらない、お前で居てくれ

世話になったな、世話になったな


世話になったな



生きることを手放す者に


最期の言葉は、要らない


最期はこの雪に似つかわしい


空白の文字それを言葉に代えて


深雪に、打つ