おはようトレーニング、テキスト「ひとむぎ 完」を受けて

「逡巡」という言葉は、もしかしたらネガティブな意味のものとして使われているのかも知れない。

このテキストを読んで初めに浮かんだ言葉が、「逡巡」だった。

辞書に載っている正しい意味は知らない。イメージ先行。

辞書を引いたら、想像していたよりも何だかネガティブな言葉なんだなって思って少しガッカリした。本作には似合わない(投稿後に本ブログを読み返して、言い切るほどでもなかったかもとも思ったから不思議)。でも、意味が違っても、私にとってはやはり逡巡だ。この音がいい。たとえ勘違いでも、自らの中で考えていた意味がいい。

構造について言えば、本作では「わたし」の思考が繰り返し巡る巡る。それは、「全く!だから何が言いたいんだよ!」とさえ思わされるほどに。ハッとした。人間とはこうやって悩んで悩んで悩んで、半歩とか、一歩とか、現状維持(尊い)とかやって来たんじゃないか、と。

人間本来の在り様を、ほんとうとして表している。その点で既に素晴らしい作品だということに気づかされた。

ともすれば、それが誰かにとっての冗長であっても、「お前何を言うか。人間だ。私は人間だ。文句あるか。」と言わんばかりの迫力がある。それは作品の成功だろう。


ラスト、語られないこの後の人生を見せられたように感じている。つまり、逡巡だ。またしても。いや人生とはそうなのだ。

これからも、続いていく。





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