コロコロころっとコロケーション

むかしから、「コロケーションであそぶこと」はよくしていました。

コロケーションとは何か。簡単に言うのであれば、「言葉と言葉のよく使われる組み合わせ」みたいなものでしょうか。

「空」が「青い」とか、「ご飯」が「美味しい」とか、「辞書」を「引く」とか。

あってる?あってんのかな。間違ってたらごめんなさい。笑


コロケーションの常識とは別に、「言葉と言葉の距離が遠いもの」を「あえて結びつける表現」というものがあると思います。「通常の使われ方ではないのに、その効果を倍増させる言葉の掛け合わせ」というものがあるのだと思います。

コロケーションのおもしろさに気がついたのは多分ずっと前だと思うのですが、歌人穂村弘さんの「ラインマーカーズ The Best of Homura Hiroshi」の中のある作品に出逢い、その興味をより深めたことを覚えています。それが以下の作品です。



>>「愚かなかみなりみたいに愛してやるよジンジャエールに痺れた舌で」



「かみなり」に「愚か」さなんてないですよね。コロケーションで言うと、一般的な使用法ではない。なのにどうか。とてもとても面白い。私なんかは「それはいったいどんな愛し方なのか」などと考えさせられます。


このように言葉と言葉を繋ぐにあたって、常識やルールにとらわれない方というのが世の中にはいらっしゃいます。

私がまず浮かべるのは、穂村弘さんと武田地球さんです。

武田地球さんは短歌や詩、そのほかに文章など、もしかしたらジャンルにとらわれないものも書かれる方です。ここではその中の詩についてのみ言及するにしても、その「ぶっ飛び感」はずば抜けてすごいと思っています。

B-REVIEWの掲示板で武田地球さんの詩を読むよりも前にツイッターのツイートを見たのがその初めだったかと思いますが、ツイートの「言葉と言葉の繋がりの遠さ」とその「面白さ」に圧倒されました。そこに詩を感じました。「これは詩として書いたものです。」という説明抜きに、あるいはそれとは無関係に、詩で撃ち抜かれる体験でした。


私はひたすらに、伝達性とその写実性を上げる為だけにと言っても過言ではないほどに、そこに注力して詩や文章を磨いて来ました。

天才はいます。もう一度言います。天才はいます。

ここで思うことが一つ。その時私は私自身に砂をかけることはないということです。ジャンルや得意分野が違うのです。ただそれだけなのです。だから下を向かずこれからも詩を書き続けていきたいです。

と最後は決意めいた文章になりましたが、まずはここにコロケーションのおもしろさを絶叫して、本文を締めくくりたいと思います。


とか言いながら武田地球さんの詩を一部ご紹介!




行き先不明、朝8時15分


いやな感応をする

道端、ぶどう畑の看板に吸い寄せられては泣く

並んだねこよけペットボトルの群れが、

うったえてくる


いやな感応をしている

曇り空が赦せない

この先、の矢印がにくい


https://www.breview.org/keijiban/?id=826