春にも夏にもどの季節にも、朝にも夜にも死ぬ生き物。それでも、どうしようもなく生きる為の生き物。

すべて捨てて、すべて止めて、もう消えてしまおうという思考にとりつかれて、そのまま真冬に濡れ手かざすような気持ちで居たくなる時がある。私はそれを「小さな自殺」と呼んでいる。

自殺と聞くとダメなことと反射的に声が出そうだ。それでも現実には、これまでそういった小さな死を重ねることでしか生きて来られなかった時間があったのだ。

繰り返すうち、やがて「なぜ?」という声が浮上してくる現象に私は何度も出会って来た。それは悲しみで怒りだった。

「なぜ自分が、消えてしまわなければならないのか。」

そういう問いだった。

そこから「このまま消えてたまるか。おかしいのは世界だろう。」という想いにリレーされていく。

世界が多数派である場合、私は何度も何度も消え入りそうになった。仮想敵を作ることは悲しいことかも知れない。それでもすがりたいこの生とは、命とはどういうものか。死ぬわけにはいかない。

約束でも責任でも義務でも、怒りでも悲しみでも、何でもいい。とにかく、死ぬわけにはいかないと、そういう気持ちにたどり着きたい。

願わくば、その想いは、「やりたいこと」にまで届きたい。


今の私が幸運にもたどり着けたこと、やりたいこと。

好きな音楽と詩を再度重ねて、遠くへゆきたい。音楽の力を借りて、詩で届きたい。知らないあなた、知っているあなた。知らない私、知っている私に届きたい。



私の詩を、


世界住人は、


一体、


どう受け取ったらいいのですか?



答えられなかった問いに対して、「これから答えを見つけます」と返すことでは足りない気がする。

今は、今思うことは、同情目当てでも何でもなく、「それでも、生きている」ということを伝えたい。そう考える。