詩人として

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短歌は、振り返るとたぶん10代の頃から遊戯として書いていたのだと思います。‬
‪僕にとっての詩が、いつの間にか言葉遊びから自浄に変わり、生きることそのものに変わったように、短歌もまた、最近は生きること自体に変わりつつあります。‬
‪これは最近書いた短歌です。‬

年度末は、明暗の季節です。僕はこんななので、これから光に向かって進むことを心待ちにしている方よりも、今頭を抱えている方に想いを馳せています。それは別に僕が優しいとかいい人間だからとかではなくて、僕自身が光にはゆけない、居られないからだと思っています。どこかでここでいいとも思っているのかも知れません。‬
‪かなしみをちゃんと書く詩人でありたいと思います。かなしみを切り取った後には希望が浮かび上がるように思っています。

希望と遊ぶのには練習も試験もいりませんよね。きっと。誰もが平和を浮かべれば、そのイメージが大きく異ならないように、かなしみを越えたところで楽しくせかいで遊ぶ方法は、みんななぜか習わなくても知っているんじゃないかと思っています。‬
‪だからこそ、僕はあえてかなしみを書きたい。かなしみを描くことは、誰かが広大な海に独りで漂流してしまった不安な夜に、一本の丸太を浮かべてそばに漂わせることなのかも知れません。

ひとやすみしたら、もうそのときが来たら、あとはもうせかいで自由に遊んでください。‬
‪そんな詩人でありたいです。‬
‪僕はここに、居ますから。‬

 

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