詩へ

去年の2月から、ビーレビューさんに毎月2作の詩を投稿させていただいています。
きっと本来なら、お給料をもらってする仕事なのだろうなと、審査される方々の大変さを想像するしか出来ないのですが、きっとその想像も全く届かないレベルで大変なんだろうなと想像の想像をするしかない地点にいます。
その地点にいながら、お金も払わず無料でサービスを使わせていただいている立場の人間です。しかも普段ちゃんとお礼も伝えてもいないのです。感謝しています。
こんなに悔しいことは、詩のことを除いてはないです。初めてポエトリースラムジャパンに出て大敗した時と同じ悔しさを毎月感じています。感じられています。めちゃくちゃ悔しいです。それはもう頭がおかしくなるくらいに笑(強がって「笑」を付けています)。
悔しさのおかげで、ポエトリー・スラム・ジャパンやビーレビューさんがあったお陰で、僕はたくさん詩について考えられました。いろんな詩を書こうとしたし、書いてこられました。
今も全然わからないんです。どうしたらいい詩が書けるのかが。
いい詩が書きたいです。いろんな評価軸があると思いますが、もうそれらも飛び越えちゃうような、これは詩だとか、あれは詩じゃないとかそんな賛否も飛び越えちゃうような詩。そんな詩が書きたいです。この心と瞳、言葉で、書きたいです。
大袈裟かも知れませんが、詩というものに日々救われながら生き延びてこられました。同時に、詩にもう消えてしまいたいと思わされるほどに何度も突き落とされて来ました。毎月毎月、生き延びたり消えそうになったりしながら今日まで来ました。
詩を愛しています。憎んでもいるのかも知れません。でもやっぱり愛しています。こんなに好きなものはないんです。自分がもし仮に、悲しい事実だとして、才能がなかったとして、それでもいいと思って死ぬまで捧げたいのが詩なのです。最期の最期、「ほら、だから言ったじゃないか。お前は無能だったんだよ。」
そう詩に言われてもいいです。
残念ながら社会から不必要と言われてしまったのですが、それでもまだこれからも生きていくのなら詩を書いていこうと思います。仕事をなくしてもまた探したらいい。生きてさえいれば詩は更新されていく。「もうこんなに苦しい事は嫌だ嫌だ」と拒絶したくなっても、結局書かされてしまう。それが詩です。
恨んだこともありましたが、これからもまた恨むことがあるかも知れませんが、詩が好きで好きで仕方がないです。詩に関わる人もサービスも愛おしいです。ありがとうございます。精進します。
生きていくならば、詩を書きます。生きていく限り、詩を書いていきます。生きていくならば。生きていくなら。
終わりです。ありがとう。